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2007年9月12日 (水)

吉本ばなな『アムリタ』

 四分の一ほどまで読んだが、結局今回もとうとう放り出した。何度目かの挑戦で、今回は日本文字に飢えている状況であるから、ひょっとしたらと期待していたのだが、それでもだめだった。

 日本語で書かれた作品で最後まで読めない経験を繰り返してきたのはこの人だけだ。

 この人の「日本語」と私の「日本語」は異なる言語なのだと解釈するしかない。見かけが同じであったり似ている場合、かえってその本質的な差異は見えにくい。

 この人にはもともと縁がなかったのだと、もうあきらめることにする。

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コメント

ウィトゲンシュタインを待つまでもなく、我々はことばで世界を切り取って認識している。
「ことばが違う」ということは「世界の切り取り方が異なる」ということと同義である。
だから、ここであなたの言っていることと僕の言っていることに本質的な違いはないと思います。
あ、ここであなたと僕の間に本質的な違いはないと言っているのは「主張」に違いがないと言っているのであって、あなたと僕が同じ目で世界を見ていると言っているわけではありません、念のため。
いずれにしろ、ばななに関してはあなたの言うとおりでしょう。まだ胸やけが残っています。もう二度と日本のばななは食べません。

フェミニスト(?)の私はあまり言えないのですが、吉本ばななの作品はもともと女性向けです。
吉本ばななは違う「日本語」を使っているのではない。違う目でこの世界を見ている。
男の人は「キッチン」で十分です。はい。

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